発売になった1/144「JASDF日本の翼コレクション4」シリーズの最後は、MU-2Sです。
ホンダがHondaJetというビジネスジェット機を開発、初飛行に成功していますが、国産ビジネス機の先駆的存在とも言えるのがこのMU-2です。
MU-2の”M”とは三菱を表わしていますが、YS-11などの国産機の開発が行われていた1960年ごろから企画が始まっていました。
アメリカで多数の小型のビジネス機を見て回った三菱の技術者が「この程度なら三菱でもできるのではないか」と考えたのが始まりだそうで。
「やれる」と思うのか「無理だ」と思うのかで随分とスタートラインが変わるものですが、戦中も多くの航空機を製作してきた三菱だから思えたのでしょうね。
実際の設計も、三菱らしさを前面に出すため、三菱が保管してきら軍用機図面を元に行い、キ83試作遠距離双発戦闘機なども参考にしたそうです。
「ゼロ戦を作った三菱のビジネス機」ということで注目を浴びて、広報・宣伝は順調に進み、技術的なトラブルもそうなく、販売も順調に進みましたが、オイルショックの影響を受け、1987年に生産を中止することになりました。
それまでの総生産数は762機、世界27カ国で販売され、世界の小型機の中でもベストセラーで、米国航空雑誌として著名な『アビエーション・インターナショナル・ニュース』誌では、自家用機プロダクトサポートのターボプロップ部門において第1位の評価を得ました。
自衛隊で採用になったMU-2
さて、MU-2が無事発売になりましたが、日本では、まだまだビジネス機の市場は小さく。もっぱら自衛隊への納入が中心となりました。
MU-2S 救難捜索機(航空自衛隊)
1967年救難捜索機(遭難機の乗員を捜索する任務)として採用、1987年までに30機近くが全国の救難隊に配備されました。外見の特徴は機首に搭載されたドップラー・レーダーで、レドームにより通常より50cmほど長くなっています。
「日本の翼コレクション4」の「a」、「b」はこのタイプですね。
MU-2J飛行点検機(航空自衛隊)
1975年に長胴のMU-2GをMU-2J飛行点検機(航法用などの航空設備の動作をチェックする任務)として採用し、4機が導入されています。1944年には、老朽化のためU-125に交代し退役となりました。
LR-1連絡偵察機(陸上自衛隊)
陸上自衛隊ではMU-2Cを連絡偵察機(駐屯地の連絡輸送と偵察を行う任務)LR-1として採用しました。
20機あまりが運用されていますが、来年には全機退役となる予定だそうです。
「日本の翼コレクション4」の「c」がこれになります。
<JASDF日本の翼コレクション4のラインナップ>
03. MU-2S
a. 航空自衛隊 航空救難団
b. 航空自衛隊 航空救難団
c. LR-1 陸上自衛隊 航空学校 宇都宮校
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子供の頃から好きな飛行機です。
昔ハセガワからプラモデルが出ていたと思います。
by 楽しく生きよう (2014-09-05 12:00)
楽しく生きようさま
こんばんは〜。おぉこの機体が好きとは!
このプラモ、現在はなかなか入手できないのです。
よくご存知ですね!
by ワンモア (2014-09-08 22:52)