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スターリングラードの白百合〜リディア・リトヴァク

 この冬に発売予定のハセガワ1/48スケール「撃墜王 蒼空の7人」に登場するエースについて機体と共に記事をアップしようと思います。

 今回は4回目、女性エースパイロットのリディア・ウラジーミロヴナ・リトヴァクを紹介します。

Cap 426.jpg
リトヴァクが搭乗した同型機のYak-1



◆少女のような女性パイロット

Lydia Vladimirovna Litvyak.jpg

 リディア・ウラジーミロヴナ・リトヴァクЛидия Владимировна ЛитвякLydia Vladimirovna Litvyak、1921年8月18日 - 1943年8月1日)は、第二次大戦中のソ連空軍の女性パイロット。
 総撃墜数は12機と他のエースに較べて少ないですが、エカテリーナ・ブダノワ(6機撃墜)とともに、史上2人しかいない女性エース・パイロットの1人です。

 彼女はとても小柄。コクピットに座っても足がフットペダルにつかないため、整備兵が彼女のためにペダルの調整をしてあげたそうです。
 小柄でブロンドの髪、灰色の瞳から、しばしば、当時ロシアで有名な女優に例えられていたそうで。

 そんなあどけなさも残る、うら若き彼女の初スコアは、1942年の9月13日、He111とBf109ですが、驚愕すべきは彼女にとっては2度目空中戦の戦果であるということ。
 エースたちの特長として、しばらくの間は実績が出ず、ある時に急激にスコアを伸ばしていくということが多いのですが、彼女の場合は、元々教官ということもあり、運とセンスが良かったといえます。
 彼女が初めて単独飛行をしたのはなんと15歳。日本でいえば高校1年生ですから驚きです。軍の飛行学校を優秀な成績で卒業した彼女は、20歳前からカリーニン飛行クラブで教官としていていたのです。
 その後もクリスマスまでの間に戦闘機2機、輸送機3機の計6機を撃墜し、記録を伸ばしていきます。


◆女性も武器を持って戦った大祖国戦争

 お互い野望のために「独ソ不可侵条約」で手を結んだスターリンとヒトラーでしたが、ナチス・ドイツは元々反共産主義ですから、最初から裏切る気満々です。
 1941年6月バルバロッサ作戦の発動によりナチス・ドイツのソ連侵攻が始まりました。ソ連側で呼ぶ「大祖国戦争」(独ソ戦・東部戦線)の始まりです。
 あっという間にキエフ、ハリコフなどの都市が陥落し、ソ連はクレムリンまで数十キロの所まで迫られます。スターリンの大粛清により戦場を指揮する貴重な将官たちが欠乏していたことも大きな原因とされています。国家存亡の危機に女性たちも兵士として志願、銃を持って立ちがります。

 戦車を製造していた女性工員たちがそのまま戦車兵として、射撃の腕が優秀な女性は狙撃手として、祖国のために立ち上がります。年齢は15歳から30歳まで、100万人を超えるソ連女性たちが従軍したといわれています。

 リトヴァクも志願兵として女性部隊である第586戦闘機連隊に配属、のちに男性部隊に配属になり、スターリングラード空域で戦います。操縦の腕前が優秀であった彼女は、いつしか「スターリングラードの白百合」(欧米では「スターリングラードの白薔薇」)という称号を得るまでの女性パイロットになりました。
彼女の風情は百合のようであり、無線コールサインもリリア(百合)だったのです。彼女自身も花を愛し、よく野の花を摘んでは愛機のコクピットに飾っていたとのこと。


戦場で咲いた実らぬ恋

 リトヴァク少尉の少女のような可愛らしさと写しさは、従軍記者たちを魅了し、彼女はしばしば戦意高揚のためのニュースにも取り上げられました。しかし、彼女自身はそういう広報活動は好まず、戦場での任務に身を捧げていました。
 しかし、そうはいっても彼女も若干の22歳。恋愛をする時間は戦場にもありました。
 彼女の心を射止めたのは、飛行隊長アレクセイ・サロマーティン大尉。彼も15機撃墜のエースです。サロマーティン大尉は、リトヴァク少尉を自分の僚機として飛行し、空中戦の手ほどきをしています。
 婚約までしていたという、二人でしたが、サロマーティン大尉は不幸なことに1943年に訓練中の事故で死亡。彼女の心に深い傷を残します。彼女はこの頃から不機嫌になり、とり憑かれたかのように戦いを求めるようになります。

 

◆大空に散った白百合

  そして運命の1943年8月1日がやってきます。初陣からほぼ1年。この間に、66回のミッションと12機の敵機を撃墜し、ヒロインとして新聞にもニュースにもとりあげられ、3度の撃墜、2度の負傷もします。恋愛もし、そして愛する人を失いました。
 この日、イリューシン Il-2を護衛して帰投中に2機のドイツ戦闘機の奇襲を受け被弾、そのまま行方不明になっています。
 彼女の最後の姿を見たとされる同僚ヴォリセンコの証言によると、雲の切れ間から見えた彼女のYak-1は、煙を吐きつつ8機ほどのBf 109に追われていたといいます。ヴォリセンコは降下し彼女の機を探してみたものの、パラシュートも爆発も確認できませんでした。
 彼女の遺体が見つかったのは戦後、36年経ってからでした。とある村にひっそりと埋葬されていた遺体は、調査の結果、リディア・リトヴァクであると判明。1990年5月6日、ゴルバチョフ大統領によりリトヴァクの国葬が執行され、同時に彼女にはソ連邦英雄の称号が贈られることになります。


◆乗機Yak-1

 彼女の主な搭乗機は、ヤコブレフYak-1(黄の44号機)とYak-1B(白の23号機)でした。
Yak-1は、ソ連で開発された戦闘機で大戦初期の主力機です。その後の一連のヤク戦闘機シリーズの始祖となったため、ソ連側では「最も偉大な戦闘機」のひとつとして記憶されています。
 開発はYak-1→3→5→7→9と奇数系ですが、これは、奇数が戦闘機、偶数が軽爆撃機や輸送機の系列としているからです。ラボーチキンもLa-5→La-7で奇数ですね。

 Yak-1はBf109Eには対抗できたのですが、Bf109F、Bf109Gにはキツかったようで、これらに対抗すべく、エンジンの換装と水滴型風防へと改良したYak-Bが生まれています。

Cap 427.jpg
大幅な改良を施したYak-1B



ハセガワ1/48スケール「撃墜王 蒼空の7人」

 リディア・リトヴァクはフィギュア だけでボーナス特典ということです。乗機のYak-1などの全体の写真がないためもあるのでしょう。乗機の機体には撃墜したパーソナルマークを描いていたとされますが、それが白い薔薇なのか百合なのかも判明していないようです。

Cap 432.jpg

ハセガワHP1:48スケール 飛行機撃墜王 -蒼空の7人-より

うーん、よく出来ていますね。


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現在のところ最安店は楽天市場のあみあみさんです。



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参考書籍たちです。

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コメント 3

ma2ma2

JALスカイWiFiからniceしてみました(^^)
by ma2ma2 (2014-10-05 20:01) 

ワンモア

ma2ma2 さま
おぉ!空の上からありがとうございます!
by ワンモア (2014-10-05 21:12) 

johncomeback

拙ブログへのコメントありがとうございます。
イカ煎餅、僕も大好きなんですが、数年前から
歯がガタガタで煎餅食べられなくなりました。
by johncomeback (2014-10-06 15:28) 

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