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日本の撃墜王、岩本徹三

 この冬に発売予定のハセガワ1/48スケール「撃墜王 蒼空の7人」に登場するエースについて機体と共に記事をアップしようと思います。

 今回は7回目、日本の撃墜王、岩本徹三です。

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岩本徹三の愛機 零戦52型
(第253海軍航空隊)ラバウル1944年2月


◆支那事変から
太平洋戦争終結まで闘いぬいた
古強者。

Cap 459.jpg

 岩本 徹三(いわもと てつぞう、1916年6月14日 - 1955年5月20日)は、日本海軍の軍人。支那事変、太平洋戦争における撃墜王。最終階級は海軍中尉

 1934年呉海兵団に航空兵として入団。当時から射撃の成績が抜群であった岩本航空兵は、1937年に支那事変に参加しました。
 この頃に日本軍最多撃墜の14機を公認されています。

 太平洋戦争では、空母「瑞鶴」戦闘機隊所属で、真珠湾攻撃に参加します。しかし、直接の攻撃には参加せず上空直営の任務に就いていました。
 その後はインド洋海戦→珊瑚海海戦→ラバウル方面へと戦い続けます。1944年にはトラック島撤退に伴い、253空に異動。激戦を繰り返しながら撃墜数を重ねていきます。
 252空に異動の後は、台湾沖航空戦、フィリピン沖海戦にも参加しました。最後は203空にて関東地区の迎撃戦に参加し終戦を迎えました。

 戦後はGHQにより公職を追放され、日本開拓公社に入社し、北海道の開拓に単身赴任で行きますが、体調を崩し、1955年、戦後の復興の最中にこの世を去ることになりました。享年38歳でした。


◆日本のパイロットの撃墜数

 岩本徹三の撃墜数は、自己申告の202機の他、戦後調べでは80機とする文献もあります。日本海軍では1942年以降は、個人撃墜数は記録していないので正式な数は不明なのです。
 実際のところはどうだったのか知りたいとことですね。岩本徹三、西沢広義、坂井三郎、杉田庄一、菅野直などなどのエースたちは、練度の高いアメリカ軍パイロット相手でしたから、ドイツのエースたちと較べても、決して見劣りするものではなかったと思います。


ハセガワ1/48スケール「撃墜王 蒼空の7人」

 ハセガワの模型はというと零戦21型になります。有名な「瑞鶴」の搭乗機EⅡ-102号機(1941年12月真珠湾攻撃)、ラバウルのI-102号機(1943年11月)の2種類が予定されています。
 

Cap 461.jpg
零戦21型
(真珠湾攻撃隊「瑞鶴」)1941年12月
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零戦21型(第201海軍航空隊)ラバウル1943年11月




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