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本日はあまりにも凄すぎる軍人、ルーデル大佐の生まれた日

 

Hans-Ulrich Rudel.jpg
Hans-Ulrich Rudel

◆人類史上最強の軍人と言われた男

 本日は第二次世界大戦の軍人さんの話です。ミリタリー系に少し詳しい方ならよく知っているハンス=ウルリッヒ・ルーデル(Hans-Ulrich Rudel, 1916年7月2日〜1982年12月18日)です。本日は、この人の生誕日。今年で101年になりますね。
 ミリタリー系に詳しくない方も、こんな人が歴史上、実在したんだという点で知っておいても損はないと思います(;^ω^) 。


 軍用機では、操縦士たちは様々な任務に就きます。その中でも戦闘機乗りという職種は、最新鋭の飛行機に乗ることができ操縦士たちの憧れでした。いわば花形。
 その戦闘機乗りの頂点ともいえるエースパイロットたちで、最高の撃墜数を誇るのは、352機撃墜のドイツのエリッヒ・ハルトマン(1922〜1993)です。戦争終結時は24歳になったばかりの若者ですが、ソ連空軍からは乗機のマーキングから「黒い悪魔」と恐れられていました。
 
Ridderkruis_met_gouden_eikenloof,_zwaarden_en_briljanten_(ingesteld_op_29_december_1944),_werd_verleend_aan_de_Stuka_piloot_Hans-Ulrich_Rudel.jpg
黄金柏葉剣付ダイヤモンド
騎士鉄十字勲章
 このルーデル大佐は、そういう戦闘機乗りではなく、爆撃機乗りでした。急降下爆撃という地上の敵目標を攻撃する任務です。戦闘機乗りに較べて地味な任務ではありますが、しかしこの人、とんでもない記録を打ち立てているのです。
 その戦果は、ソ連戦車500両以上、800台以上の車両、火砲150以上、戦艦1隻、駆逐艦1隻、
上陸用舟艇 70隻以上というとんでもないもの。さらに爆撃機乗りでありながらエースの称号である5機撃墜の記録を超えた9機撃墜というおまけ付き。
 特に戦車500両とは
一個軍団に相当します。ルーデル一人の手によって、ソ連の一個軍団が消えてしまったことになります。
 地上での戦車撃墜王といえば、これまたドイツのミハエル・ヴィットマン(1914〜1944 138両撃破)やオットー・カリウス(1922〜2015 200両以上撃破)が有名ですが、彼らに較べても断トツですよね。
 あまりの損害にスターリンから名指しで「ソ連人民最大の敵」と罵倒され、10万ルーブルの賞金までかけられたとか。今の日本円で換算するとその額は5億円にまで相当するとのこと。


Special_Film_Project_186_-_Hans-Ulrich_Rudel.jpgルーデル大佐と後ろにいるガーランド少将


◆冗談のような本当の話 

 こういう話はWikipediaに出ているのですが、にわかには信じ難いですよね。
ウソとジョークとノーチェックで執筆できる 「アンサイクロペディア」というなんとも素敵なサイトがあります。しかし、このアンサイクロペディアの中でもこの「ハンス・ウルリッヒ・ルーデル」の項目はあまりにもすごすぎ、アンサイクロペディアなのに誇張がほとんど無いという一風変わった内容になっています。

まずはこれがWikipediaの記述。

ハンス・ウルリッヒ・ルーデル - Wikipedia

 第二次世界大戦中のドイツ空軍の軍人。急降下爆撃機Ju 87 シュトゥーカで歴史上で最も多くの戦車を撃破した撃墜王ならぬ「戦車撃破王」である。フォッケウルフ Fw190での地上支援や空戦もかなりの回数があり、エースの条件とされる「敵機を5機以上撃墜」も満たしている為、第二次世界大戦のドイツ空軍を代表するエース・パイロットの一人にも数えられる。

で、こっちがアンサイクロペディア。

ハンス・ウルリッヒ・ルーデル - アンサイクロペディア

 
第二次世界大戦の際に活躍したドイツ軍人にして、ソ連人民最大の敵であり、スツーカの悪魔にして絢爛舞踏、そして地上に舞い降りた魔王である。朝起きて出撃して朝飯食って牛乳飲んで出撃して昼飯食って牛乳飲んで出撃して夜飯食って牛乳飲んで出撃してシャワー浴びて寝るという毎日を送ってたら、いつのまにか戦車519台を撃破し、世界最強の戦車撃破王になっていた。

 なお航空機撃墜数も9機なので、れっきとしたエースである。間違いなく彼のスコアは世界記録であり今後絶対に更新されることは無いだろう。

 あれ、ほとんど変わらないや(^^;) というか、むしろアンサイクロペディアの方が分かりやすいです。
 詳しい戦歴ですが

  • 戦車 519輌(この数は戦車部隊一個軍団を撃滅したのに相当する)
  • 装甲車・トラック 800台以上
  • 火砲(100mm口径以上) 150門以上
  • 装甲列車 4両
  • 戦艦 1隻(マラート) ルーデルの爆撃によって2番主砲塔より前部(一番主砲塔・艦橋・一番煙突含む)を失い大破着底。マラートはこの後も残った砲を用いて戦闘に参加するも、 ドイツ軍地上部隊からの砲撃もあって1942年末までにすべての主砲を下ろし半ば放棄されている。
  • 嚮導駆逐艦 1隻
  • 駆逐艦 1隻
  • 上陸用舟艇 70隻以上
  • 航空機 9機(戦闘機 2、爆撃機 5、その他 2。9機のうち1機はJu87G型の37mm砲によって撃墜されたものである)
Ju87G.jpg
彼の愛機、Ju87スツーカ

 という、冗談のような成果です。事実は小説よりも奇なりとはよく言いますが、そんなレベルではありませんよね。わずか12発×2門の銃弾を搭載した37mm砲や、250kg〜最大1800kgの複数の爆弾のみでの成果ですから、頭がくらくらしてきます。出撃回数はなんと2,530回。これは公式記録ですが、ヒトラー総統の「死んだら全軍の志気にかかわるから出撃するな」という命令を受け、内緒で部下たちに戦果を振り分けていましたから実際の戦果はこれ以上だそうです。
 総統命令も無視して無断出撃していたことがバレたのは、戦果を部下たちにあげていたらその部隊だけの戦果が突出してしまい、「お前、出撃しとるだろ!」とツッコまれたそうで。
 これだけの戦果を立てるので、勲章も次々と与えていたのですが、最後はルーデル大佐の成果に見合う勲章もなくなったので、彼用に特別に作らせたとか。

 さすがに小説や漫画でも真っ青の展開に対して、アンサイクロペディアでも泣きが入っており、「こんな嘘くさい事実に対して、これ以上嘘を加える事なんて不可能だよ!」「事実なんだって。嘘じゃないんだ、ほんとだよ。そりゃあスターリンも泣きたくなるってもんでして。」と書かれています。あぁ・・。
 小説や漫画だったら、嘘くさいからキャラ設定やり直して来いと編集担当に言われるレベルです。

JU87G_00.jpg
デカイ37mm砲搭載はルーデル大佐のアイデアだそうです。

◆強烈なエピソード

 そんなルーデル大佐のエピソードを幾つかご紹介。

・仲間を救助するために敵地にも果敢に着陸して脱出すること4回
 少なくても4回は敵地への強行着陸を試みています。その内1回は離陸に失敗し、4人で40 kmもの先の味方陣地へ2日かけて踏破します。途中で相棒の銃座手のヘンシェルを失い、肩を撃たれ、数百人のソ連兵と軍用犬に追いかけられつつの逃避行でしたが、帰還するなり帰国命令を無視して出撃します。その理由は、ソ連がラジオで「ルーデルを捕らえた」と宣伝しまくっていたからだとか・・・。
 その後のヘンシェルの仇討ちは凄まじいものがありました。なんと2日間だけで敵機動部隊の100両超えの戦車のうち26台を破壊します。ルーデル一人で、実に1/4を撃破。

・敵のエースパイロットも撃墜
 レフ・シェスタコフという65機撃墜のソ連でも有数のエースパイロットがいました。賞金首であるルーデル大佐を狙っていた彼は、僚機を撃ち落とします。しかし、その瞬間、彼もルーデル機に撃ち落とされてしまうことに。
 すでに旧式で鈍足で撃墜されることが多いJu87スツーカですが、ルーデル大佐は戦闘機に撃ち落とされたことがないのです(対空砲火による墜落はしょっちゅう)。
 彼は回避能力もパイロットの腕前も凄かったのでしょうか。Fw190戦闘機での出撃も430回あります。

gadermann2.jpg
エルンスト・ガーデルマン
軍医であり、JU87の後方銃

・右足切断の重傷でも帰還
 
流石のルーデルでも死にかけたことがあります。
 敵の対空砲火で撃たれ片足が吹っ飛んでしまいました。
後席のガーデルマンに「足が無くなってしまった!」と言ったら「そんな事は無いでしょう。足が吹っ飛んだら、話なんかしていられるもんですか。そんな事より左翼が燃えてます。不時着しましょう」と返されたとのこと。
 このガーデルマン、出血多量で意識を失いかけるルーデルを叱咤し帰還させた命の恩人でもありますが、以前、自分が肋骨を骨折していたにもかかわらず「休んでいる暇はないぞ、ガーデルマン!出撃だ」と付き合わされたことへの仕返しという話も・・・。
 どっちも凄すぎます。ちなみにガーデルマンは本来は軍医であり、戦後は世界的な名医として活躍しています。
 スポーツ好きでルーデルと意気投合していたら、気がついたら後部座席に座らせられていたという・・・。ルーデルの右足を適切に処置したのも軍医のガーデルマンだからこそという話も。

 その後、わずか6週間で病院を脱出。鋼の義足を装着して出撃・・・・。入院しているはずのルーデルがいなくなったと上層部が気がついた時には、彼はすでに急降下爆撃中だったとか。
 
 エピソードが多すぎて、これ以上は長くなりそうなので、興味のある方はこちらのサイトを見てください(;^ω^)
 →ハンス・ウルリッヒ・ルーデル(アンサイクロペディア)

◆戦後も大活躍

 そんな傍若無人ぶりを発揮させたルーデルですが、ひたすら軍人としての勤めを果たしただけなので、戦後も戦争犯罪に該当するものもありませんでした。
 そして直ぐに釈放、南米で実業家として成功しながら、片足が義脚であるにもかかわらず、アルペンスキーで南米選手権において優勝。趣味の登山では400mも落下するものの打撲と痣だけですんだという強運ぶりも発揮しております。
 49歳のときに28歳年下の女性と再婚という、なんか、あいかわらずの凄いエネルギー(笑)。
 彼は政治には興味がなさそうで、生涯一軍人として、頼まれればアドバイスなど協力を惜しまない人でした。

 アルゼンチン空軍の設立にも協力し、ルーデルの教育を受けたパイロットたちは、その後のフォークランド紛争の際にイギリス相手に大活躍します。
 さらには、アメリカのフェアチャイルドA-10攻撃機の開発にも協力。その攻撃力と生存率の高い機体は、歩兵部隊から大絶賛。このA-10、本来ならとっくに引退しなくてはならない機体なのですが、未だに現場からの根強い人気で、何度も引退が延長されてます。

A-10.jpg
武勇伝の影にルーデル閣下あり・・・。

 すごい人がいたもんですね。もし、戦争がなかったとしても、バイタリティというか生命力に溢れた生涯を送ったんだろうなぁと思います。
 最後に、戦争末期に中央軍集団を率いたドイツ陸軍フェルディナント元帥の言葉を。
ルーデルは一人で一個師団の価値がある」 (一個師団は約1万〜2万人程度の独立した継続できる戦闘集団単位)。うそのようなホントの話ってあるもんですね。

<関連記事>
→急降下爆撃といえばJu87!1/144スケール食玩とプラモレビュー
→エデュアルド 1/144 ”Ju87Gデュアルコンボ”購入レビュー!

日本にもすごい軍人さんがいました。
→東武金崎駅と西方町の舩坂弘〜その1
→不死身の軍曹、舩坂弘の生涯〜その2


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コメント 7

なんだかなぁ〜!! 横 濱男

スゴイ人がいるもんですね。。
ホントに人類最強です。。
言葉が無い・・・。
by なんだかなぁ〜!! 横 濱男 (2017-07-02 17:53) 

ys_oota

ルーデル大佐、A-10の開発にも関わっていたんですね!知りませんでした。。。しかし、ほんとスゴイ人だな。まさに軍神。
by ys_oota (2017-07-02 23:36) 

johncomeback

日本では戦死して軍神になるケースが多いように思いますが、
敗戦後も大活躍するとはホンとにスゴい人だったんですね。
by johncomeback (2017-07-03 07:08) 

いっぷく

アンサイクロペディアは毎食後の牛乳が
超人的な活躍の理由といいたいわけですね。
by いっぷく (2017-07-03 09:29) 

caveruna

もうここまでくると、
作り話でも実話でも、どっちでもよくなる(笑)
とにかく凄い人であるのは、
間違いないですね!
by caveruna (2017-07-03 19:03) 

ちょいのり

アンサイクロペディア、昔けっこうハマってました^^
だってこっちの方がwikiより面白いんだものw

by ちょいのり (2017-07-05 02:07) 

ワンモア

☆なんだかなぁ〜!! 横 濱男さま
 エネルギーの塊のような人ですよね(;^ω^)

☆ys_ootaさま
 A-10も最強ですよね・・・。

☆johncomebackさま
 自分の信念とかポリシーを貫いた人だったようです。

☆いっぷくさま
 牛乳のくだりの件くらいしか冗談にできなかったようですね(;^ω^)

☆caverunaさま
 戦争がなかったとしても、歴史に名を残す人だったかもしれませんね。

☆ちょいのりさま
 そうなんですよ(笑)でも、ルーデル大佐の件に関しては凄すぎて冗談にできなかったようです(;^ω^)
by ワンモア (2017-07-05 02:13) 

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