5月に発売予定のエフトイズ「双発機コレクション4」の九九式双発軽爆撃機について調べてみました。
日本のこの頃の爆撃機ってよく分かっていないので、整理するつもりで記事にしてみます。お付き合いください。
ソビエト赤軍との戦闘を意識して開発された「九九式双発軽爆撃機」
川崎「九九式双発軽爆撃機(キ48)」は、日中戦争や太平洋戦争の全期間を通じて主力軽爆撃機として使用された爆撃機です。生産機数も2,000機近く、連合軍からはLily(リリー)として呼ばれていました。
九九式双発軽爆撃機は、全長12m、全幅17.47m。ボーファイターが全長12.6m、全幅17.65m、Me410が全長12.4m、全幅16.39mなので、コレクション4の全機ともほぼ同サイズですね。
ボーファイターやMe410は戦闘機ですので、この九九式軽爆が爆撃機ではいかに小柄かということが分かります。爆装も300〜500kgですので、これも単発戦闘機並みの搭載量です。
これは、爆弾搭載量や航続距離よりも、戦闘機並みの速度と運動性が重視されたコンセプトで開発されているためです。
この当時の考え方としては、エンジンがまだ脆弱でしたので、単発よりも双発機の方が馬力がある分、高速で飛行できるというメリットがありました(その分、燃料も食うので航続距離が短くなるというリスクもある)。
陸軍独自の戦術思想として、敵機が迎撃に上がる前に敵飛行場を急襲し、在地敵機を撃滅するという考えがありました。そのために高速度で飛ぶことが要求され、さらに、敵地上部隊を反復攻撃するために運動性を求められた訳です。
陸軍の場合は海軍とは違い、大陸での戦闘を想定していますので航続距離はさほど重視されていなかったのですね。
そのため、速度は500km/h超えと当時としては最高速を誇るものでした。
日本陸軍の軽爆の戦術思想
ちなみにこの任務をこなすための襲撃機というものも開発されています。
三菱の九九式襲撃機(キ-51)で近接航空支援に比重が置かれた地上攻撃機に相当します。
九九式双発軽爆撃機の”軽爆撃機”の系統は、九三式軽爆撃機の後継機に位置づけされます。九三式軽爆撃機は、映画「風立ちぬ」でも登場したユンカース社のK37双発爆撃機がベースになっています。というか基本的にはコピー機のようなもの。速度も300km/hに満たないものでした。
それ以外の軽爆撃機は、単発固定脚の九七式軽爆撃機、九八式軽爆撃機などが実戦配備されていましたが、これらが420km/h程度の最大速度に対し、100km/h近い速度差があり、操縦性や稼働率の高さから部隊では好評だったようです。
当初は対ソ連戦を意識して開発された九九式双発軽爆撃機ですが、太平洋戦争が始まると生産機数の多さmから陸軍のあらゆる作戦で投入されるようになってきます。
しかし、大戦中期以降は、速度性能が飛躍的に向上した戦闘機たちに容易に捕捉されるようになってきて損害が増大、この機体と多くの部品を共有化している二式複戦「屠龍」が代打で投入されるようになってきます。
|
|
|
この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。
コメント 0