本日は病後というか、風邪で休んでいる間に勉強したことをつらつらと。
ちょうど1935年3月16日のこの日。ドイツの国家元首アドルフ・ヒトラーは、ヴェルサイユ条約の軍事制限条項を破棄し、再軍備を宣言しました。この日は新たな世界大戦の幕開けともいえる日なのです。
◆「天文学的数字」という言葉が生まれた戦後ドイツへの賠償金
第一世界大戦で敗れたドイツ(戦後はヴァイマール共和国)ですが、ヴェルサイユ条約によって莫大な賠償金を払うことになります。その額、2,260億金マルク。この金額は当時のドイツのGDP(国内総生産)のなんと約100年分に相当します。
しかし、この支払いは、紙幣を印刷して済ますものではなく「金塊で払え」というものでした。この金の量がどれほどのものかというと、4万7,256トンに相当するそうです。
この無謀ともいえる額に、イギリスの経済学者であるケインズ(右の人)が「これは経済学で扱う数字ではない。天文学で扱う数字だ」と発言したことから「天文学的数字」という言葉が生まれたとか。
この要求に加えて海外の植民地等の領土の喪失、フランス、ポーランドへの領土割譲、ライン河以西の非武装化、軍事制限など、数々の制裁を甘受せざるおえませんでした。
最大の被害国フランス、イギリスの恨みと制裁は相当なものであったことがうかがい知れます。
さて、戦後は、ヴァイマール共和国としてスタートしたドイツ国民たちですが、荒廃した国土を立て直すだけでも大変なのに、これらの賠償金は当然の如く払えません。
フランスはすぐに賠償金が滞ると、ドイツの工業地帯を占領します。「払えないならばここで生産するものを搾取する」という手段に出るのでした。
◆ドイツを襲ったハイパーインフレ
ドイツの労働者たちは「俺達がいくら頑張って生産しても全部フランス野郎にもっていかれるなら、もう生産しない」とストライキを起こすようになります。
するとドイツ国内に「モノ」が不足してきます。「モノ」が足りなくなるとそれらを使った付加価値の高い工業製品などが作れなくなり、経済活動に支障をきたすようになります。
すると会社が倒産していき、国民が生活に困り始めます。新しい国家では、ヴァイマール憲法といって現代の日本のような最低限の生活権、自由権を保証していますので、失業者たちの生活保護のために国家予算がかかるようになります。しかし国家としては税収がありません。
ここまでくると、よく使われる手段が「お札を増刷する」という方法。しかし「モノ」がない状態でお金を刷るということは悪手と言われています。インフレの発生です。
「モノ」が足りないということは、「モノ」の価値が上がっている状態ですので、そこへ紙幣を増刷するとその紙幣で「モノ」を買いだめするようになります。持っているだけで価値がどんどん上がっていくのですから買い占めが横行します。これで更に「モノ」が出回らなくなるようになります。
インフレがスパイラル化してハイパーインフレの完成となるわけですね。
この当時のドイツのハイパーインフレの凄さは壮絶なもので、例えば100円のパンの値段が数年で1.2兆倍にまで上がるというとんでもないことに。
100円のアンパンが数年で120兆円!!(´⊙ω⊙`)
更には紙幣の価値が下がっているので、喫茶店でコーヒーを飲むのにトランク一杯分の紙幣が必要だったのが、飲んでいる間にインフレの進行で価格がトランク二杯分になったとか・・・・。
レストランで入店している間にその料理の値段がぐんぐん上がっていくという感じですから恐ろしいことです。怖いですね。
このハイパーインフレをくい止めたヒャルマル・シャハトという人の施策が、興味深いものでした。それは、大胆かつ、国民に対する壮大な嘘をついたものでしたが、「レンテンマルクの奇跡」と呼ばれ、「人類史上みんなが喜んだ嘘」とも評されています。面白いのですが、それはまたの機会にでも。
◆復讐の怨嗟が更なる恨みを生み出す
このようにして、敗戦国のドイツはフランス・イギリスを初めとした戦勝国の仕返しともいうべき仕打ちに対し、国民は疲弊し、国内の経済活動はめちゃめちゃになりました。今後100年も払い続けても完済できるのか分からない賠償金のことを考えると、未来の希望もありません。当然、彼らの間にはメラメラと怨嗟の炎が静かに沸き起こります。
「何でここまで、仕返しされないといけないのか」という感じですかね。
特にドイツ国内では、敗戦の理由に「背後の一突き」という説が流れていました。「国内に裏切り者がいてドイツは敗れたのだ」という噂です。
これは、敗戦したドイツの軍事指導者たちが、政策の結果に対する個人的責任を逃れるためにこの伝説を故意に広めたということもありますが、外国の利益のために働くと見られていたユダヤ人と共産党員が元凶であるという説も強かったのです(これが後にユダヤ人迫害につながることに)。
さて、このような背景の中で、生まれてくるのが、強力なリーダー待望論です。「今度こそ、強力なリーダーの下で国内をしっかりと固めたい」という強い願い。それがナチス政権を誕生させていくことになります。
◆安易な平和主義者たちの隙を付いたナチス政権
政権を掌握したヒトラーは、当時40%まであった失業率を、わずか数年で完全雇用という奇跡を起こします。国家主導型の建設計画や恐慌からの回復は、国民の絶大な信頼を得ていくようになります。しかし、彼らの野望は「敗戦で失った全てのものを取り戻す」という強い野心でした。そう、もう一度戦争を起こし、こんどこそは勝利するという野望です。
先の大戦では多くの国々が被害を受け、「もう二度と戦争はゴメンだ」いう声が当然のごとく広がり、イギリスなどでは平和主義がはびこっていました。
その隙をついて、 ナチスドイツは、ヴェルサイユ条約の抜け道を模索し、再軍備へ向けて数々の政策を打ち出し実行します。
平和な旅客機を開発するといいながら爆撃機を。民間のレーサーに参加したいと言いながら戦闘機を。民間航空事業の促進を理由に航空省を設け、民間航空操縦士養成学校で将来の軍用機パイロットの養成を。ソ連との密約により国際監視の届かないソ連領奥地で空軍学校、戦車学校、航空機工場を。火砲の開発については、スウェーデンやスイスなど第三国との合弁会社を設立させてドイツ国外で開発を。
更には、スペインなどの内戦に義勇軍と称して新兵器の実験、運用テストなどを行うなど、ナチス・ドイツは欺瞞ともいえる数々の工作を企てていきます。
ドイツはジェットエンジンの実用化に最も成功した国でしたが、これも通常の航空用エンジンを開発できないという足かせが、逆にまったく新しいエンジンを生んだとも言われています。
そして、ついに1935年3月16日。世界に向けて「ドイツは再軍備をする」という宣言をします。そして今までドイツ国民を苦しめていた敗戦の賠償金の支払いも一方的に破棄します。
ヴェルサイユ条約の完全な一方的破棄です。しかし、既に遅しで、軍備が揃ったドイツに対し、「戦争はゴメンだ」という世論に押された周辺国家は、迅速な制裁行動に移すことをためらいました。
ドイツはすでに再び戦争が出来るだけの強力な軍隊が出来上がっていたのです。これには、水面下で共産主義国家のソ連などの協力がありました。
◆歴史の教訓を学ばずして未来はこない。
しかし、急ぎすぎたのか、計画が甘かったのか、はたまた己の力に過信したのか、約4年後の1939年9月にドイツは再軍備計画の完了を待たずに戦争を開始してしまいます。
結局、物資の差などで、第二次世界大戦もドイツの敗戦となるのですが、もしも、ドイツ軍の軍備が計画通りの整った状態で始まったら、違った歴史になった可能性すらあります。
あまり相手を痛みつけると「窮鼠猫を噛む」ではありませんが、怨みが怨みを呼ぶことになります。第一世界大戦の各国の政策の失敗が、第二次世界大戦という新たな悲劇を生み出してしまったともいえます。
後世、この第一世界大戦後の敗戦処置は「最悪の戦後処理」と言われるようになり、第二次世界大戦では、このことを教訓として遺恨が残らないように配慮し、「敗戦国への賠償金は原則求めないこととする」ということを打ち出します(代りに平和への罪という名の復讐的要素の裁判や、名目を変えた実質上の賠償金に当たるものはある)。
この時代は、ファシズム、共産主義、民主主義の三つ巴の様相を呈しながら世界恐慌という環境に置かれた悲惨な時代ではあったとは思いますが、安易な平和主義、事なかれ主義、場当たり的な政策は、確信犯的に行動を起こそうとする勢力にとっては格好のカモにされることは言うまでもありません。
「我々は平和を望んでいる」と謳いながら、軍備をちらつかせ、高圧的態度で諸外国の懸念を牽制し、裏で確実に軍備を増強していく。
そして諸外国は、自国のマスコミなどの平和主義や非戦の言論に押され、手がだせない。
いつの時代も似たような経緯を辿っているように思います。
ロングベストセラーのスイス政府の『民間防衛』。今の日本人の必読書かも知れません。
<参考資料>
→トリカゴ放送466回より
→ドイツ再軍備宣言(Wikipedia) その他。
→レンテンマルクの奇跡〜財政の魔術師、ヒャルマル・シャハトという男
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凄い額の賠償金ですね
ここから天文学的数字と言う言葉が生まれたのですか
by tochi (2017-03-16 20:16)
イタリアが思いのほか弱かったですねぇ、第二次は。
第二次大戦で結局補償がすごい減額ほとんどなしになったのだから、ドイツは得をしたとか誰か言ってましたけれど。
by 足立sunny (2017-03-16 21:57)
病に臥せっている間にも勉強とは頭が下がります。
戦後70年余り、歴史に学ばなければいけませんね。
by johncomeback (2017-03-17 10:05)
俺なんか金は2つしかないのに
世の中にはいっぱいあるんですねぇ(笑)
by (。・_・。)2k (2017-03-17 12:01)
体調が万全で無い中で、これだけのレポートを仕上げるワンモアさんは凄い!
さすが趣味カルチャーカテゴリーのトップランナーですね^^
by ロートレー (2017-03-17 18:02)
★tochi さま
すごい恨みがあったのでしょうね。私はこの時のドイツのハイパーインフレの方が天文学的数字だと思っていました。
★足立sunny さま
第一次世界大戦の敗戦処理の教訓があったのでしょうね。でも逆境をバネにして復興するというのはドイツも日本も似ていますな。
★johncomeback さま
寝ている時にラジオ番組などで耳学問をしていました(^^)
★(。・_・。)2k さま
換金できる「金」なら良いんですがねぇ(笑)
★ロートレー さま
ありがとうございます。恐縮です。今日は何の日かを調べていたら、ちょうどブログに相応しいテーマだったもので(^^)
by ワンモア (2017-03-17 22:53)
第一次世界大戦の敗戦の為、物凄い額の賠償金をドイツは負わされ
ハイパーインフレを呼びました。これをナチスが利用して、国粋主義独裁政権が台頭しました。余りに敗戦処理でドイツでを経済的に痛め過ぎた為に、その恨みでナチスドイツが台頭した事は明らかです。
by bpd1teikichi_satoh (2017-03-21 16:20)
★bpd1teikichi_satohさま
痛め過ぎるとその反動があるという歴史的な教訓の上に戦後がありますよね。
by ワンモア (2017-03-23 09:51)