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空飛ぶ高射砲、キ109開発秘話〜その2

 前回の記事の続きです。
 一万メートルもの上空から飛来してくる超大型爆撃機たちの襲撃。これに対抗するには、「一撃必殺の地上用の高射砲を搭載すればいいんじゃない?」というアイデアのもと、キ109が開発されることになりました。
正に”空飛ぶ高射砲”。ベースとなる機体は”大東亜決戦機”として誉れ高い、陸軍四式重爆撃機「飛竜」です。
飛竜ハセガワ.jpg
四式重爆撃機「飛竜」

 さて、このアイデア、ホントに上手く実現できるのでしょうか・・・。

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砲弾重量だけでも135Kg!全備重量10トン超えの戦闘機。

 この機体の開発ですが、まずは八八式野戦高射砲(75mm)を飛竜に載せるための改造を行わないといけません。これをホ501として改修を行います。時は昭和19年3月。改修にかける期間はわずか1ヶ月という期限付きです。6月までには総合試験を完了させるという、超ハードスケジュールになります。

◆課題1〜重量と人員配置
 八八式野戦高射砲の操作かかる人員は最低でも4名必要です。
自動装填装置もあるのですが、これは重量もかさみ、航空用に開発にも時間がかかるので却下。一発づつの装填を砲手が行うことにし、射撃は操縦士が行います。
 装填用に砲尾に自動開閉装置を追加しました。このため砲身だけでも490kgにもなりました。更に砲身を支える揺架が250kg。
これに砲弾15発で135kg。砲弾を含めた全備重量で876kgにもなります。これに専用の砲手が乗り込むことになりますので、1トン近くの重量になります。うーん、凄い(;^ω^)


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原型となった八八式七糎野戦高射砲。茶褐色で塗られている砲身、砲尾、
揺架部分などが航空機搭載砲としての部分にあたります(Wikipedia)

 砲弾担当の人はびっくりですよね。まさか自分が戦闘機に乗り込んで、空中で高射砲に砲弾を充填するとは思っても見なかったでしょうね。

◆課題2〜使用環境が異なる条件でのテスト
 敵機を撃ち落とすために高々度に上がるため、砲身は高空で低温に晒されます。地上とは明らかに異なる使用条件になるので、不具合が出ないか数々のチェックをしないといけません。
 各部のグリスの粘度は大丈夫か、氷結時の砲弾は大丈夫か、地上の実験施設で0度からマイナス40度まで、様々な環境下でテストを繰り返します。これも色々調整して、クリアーしますが、後は最大の課題が残っています。


◆課題3〜射撃時の4トン以上の反動をどう解決するか
 一番心配だったのがこの射撃時の反動です。二式複座戦闘機「屠龍」に搭載して大きな成果を出している
37mm砲(ホ203)の反動は約700kg。これに対してこのホ501の反動はなんと4,000kg以上あったとされています。この衝撃に機体は持つんでしょうか。

 三菱の技術者たちには自信がありましたが、流石に斜銃だとヤバイのか、胴体軸上に砲身を設置することになります。これならば、少ない強化補修で構造上耐えられるという目論見が立ちます。

 こうして、予想される数々の難題をクリアーして1号機が早くも5月に完成します。機首から伸びた砲身は1mにもなります。その姿はまるでクジラが爪楊枝を加えたようだと評されることに。
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 まずは一番気になる発射テストです。飛行中でいきなり発射テストは危ないので、まずは地上で発射試験を行うことに。

 まず、機体を地上にしっかりと固定。関係が見守る中、第一発目を発射します。
「ドォーン!!」という、
猛烈な音が響くと同時に閃光がほとばしります。関係者があっと驚いたのは、なんと機首の風防が衝撃の風圧で粉々に吹き飛ぶという惨事が。これ、空で実験していたら墜落間違いなしでした・・・・。

 ここからは、装填する火薬の量を少しずづ調整したり、強力なゴムで緩衝装置をつけたりし、最終的には、火薬の量も全装薬のままで発射できるところまでこぎつけます。どれだけ強力な航空機用の機関砲なんだと驚くと共に期待も大きくなってきました。

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出来ました!機首のイメージが大分変わりましたね。

迫り来る実戦の日

 さて、キ109がこうして実験・改修を繰り返している間に、状況はいよいよ緊迫してきます。6月16日。ついにB-29が北九州市に侵入し軍事施設を空襲にきます(八幡空襲)。
 これに対して
37mm砲搭載の二式複戦「屠龍」12機を含む24機が出撃。なんとB-29を6機撃墜、7機撃破という大戦果をあげます(日本側報告書)。
 特に樫出勇大尉はこの「屠龍」を駆って、B-29を26機撃墜(日本側発表)するという最多記録を持つに至ります。
 
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二式複座戦闘機「屠龍」丙型 機首から37mm砲が突出しています。

 弾道は遅く命中させるのが難しい37mm砲でも当たればこれだけの戦果。軍部はその成果に沸き返り、これならばと、当然キ109にも期待がかかり、44機もの緊急増産が命じられることになるのでした。


各国の大口径砲事情

 さて、ここで各国の大口径の機関砲事情を。戦闘機や攻撃機にどの口径の機銃・機関砲を乗せるかということですが、各国によってその運用は異なりました。
 日本やドイツなどの枢軸国は、資源が少ないという事情もあるのか、一撃必殺の大口径主義を採択、イギリスやアメリカは初速の早い、しかし威力は落ちる12.7mm機銃を翼内に多数搭載するスタイルをとります。弾数を多くして当たる確率を増やすという方向ですね。

 特にアメリカはブローニングM2重機関銃(12.7mm)という信頼性が高く、完成度が非常に高い機関銃がありましたので、連合国の殆どの戦闘機がこの銃に信頼を寄せて搭載しています。
 この機関銃は80年経った今でも各国で使われているというから当時から如何に完成度が高かったがうかがい知れますね。
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ブローニングM2重機関銃
 
 これ以外には、イスパノ・スイザという20mm機関砲が装備されていました。これはスイスのエリコン社が開発した機関砲の派生型で、ドイツでもエリコン社の機関砲はライセンス生産されています。
 また有名なMK108機関砲(30mm)が多くのドイツ戦闘機に搭載され活躍しています。ドイツではダイムラー・ベンツのエンジンの間の空間に機関砲を搭載できましたので、プロペラ軸内に砲身を据えることができ、非常に命中精度が高い位置に搭載することができました。

 このように様々な口径の機関銃、機関砲が開発されますが、7.7mm、12.7mm、13mmまでが機関銃。20mm、30mmが機関砲という感じです。これ以上の口径になると特殊な感じになってきます。

 37mm砲は日本の屠龍でも搭載されていますが、ドイツでもJu87Gスツーカが37mm砲を両翼に2門も搭載し、ソ連戦車の撃破に貢献しています。どのくらいの威力かというとこんな感じです。

凄まじいです。

 さて、37mm砲はアメリカのP-39Dエアラコブラなども搭載された例があります。しかし、これはその殆どがソ連に送られて対地上攻撃用に使われました。
 37mmあたりが実用的な口径のトップクラスで、それ以上となると、ドイツのMe410A/U4MK5機関砲(50mm砲)などがありますね。
 さて、やはりキ109の75mm砲が最大かと思いきや、実は同じ75mm砲を搭載した航空機が存在しました!しかもキ109に先駆けて実用化されています。この機体はドイツのHs129B-3。但し、こちらは高射砲ではなく75mm対戦車砲ということで、目標もソ連の戦車などでした。なので高々度まで上がる必要はない対地上兵器なのです。
 一応、大口径で言うとこちらが先輩のようです。もっともこちらも重量が700kgと増大してただでさえ愚鈍な運動性なのに更に操縦性が悪くなって大変だったようですが・・・。

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Hs129B-2/R4(Hs129B-3)。1944年中旬にBK7.5、7.5cm対戦車砲を装備した仕様が試作され、Hs129B-3として25機程度が実戦配備されたようです。

 これらの大口径の機関砲は、その殆どが地上の戦車など、地上目標に対する攻撃兵器として開発・搭載されています。ですので、対空用兵器として大口径の高射砲を使用するというコンセプトはこのキ109が初めてかもしれません。
 対爆撃機用として、同じコンセプトといえば、
先程のMe410のBK5機関砲はB-17やB-24対策でしたが、こちらは口径も50mmと小さく(それでも普通の機関砲に比べれば巨大ですが)、元々は対戦車砲です。ここらへんが現実的というか実用的だったかもしれませんね。
 こうしてみてみると、いかにこのキ109の75mm砲が異色で桁違いのものであるかが分かります・・・。日本はこういう、一撃必殺の大艦巨砲主義的な所がありますな。

ついに実戦のチャンス。果たしてその成果は?

 さて、こうして実用化に向けてテストを行っていたキ109の近くにB-29が飛来してしたという情報が入ります。日頃から実戦で試したいという開発陣でしたので、急遽、性能テストが実戦に切り替わります。
 小橋良夫氏の『日本の秘密兵器-陸軍編』(学研M文庫)によると、排気タービン過給器の性能テストをしていた航空審査部の酒本少佐のキ109試作1号機が砲弾2発をちょうど搭載していたので、テストを切り上げ、実戦に入ったとのこと。
 敵機はB-29の編隊12機。四日市市街上空。高度9千メートル付近で待ち構えていた酒本少佐機は1,500mまで接近し、75mm砲を発射します。ドォー!という爆音と共に砲弾は編隊中央で炸裂、1機のB-29が翼をもがれ墜落していきます。
 残りの第2弾を続けて発射しようとしたところ、敵機が急に速度と高度を上げ逃げ始めます。結局、速度差があって追尾できなかった酒本少佐機は、1機のみのB-29を撃墜したところで帰還しますが、これ以降、成果を上げることはできませんでした。

Mitsubishi_Ki-109-1.jpg

 その理由ですが、日本機の致命的弱点ともいえる排気タービンの開発の遅れです。3号機以降の
ハ104エンジンは排気タービンを装備していないため、高度1万メートルを悠々と飛行するB-29に追いつくことができず、本格的な戦闘を行うことができませんでした。
 画期的で世界初のアイデアだった”空飛ぶ高射砲”も、この高高度性能不足が決定的な問題となりました。さらに
砲弾の射距離修正のための照準具や信管の調整にも課題が残り、戦果はパッとしないまま終戦となってしまいます。
 
 これは、個々のアイデアや技術では秀でていても、総合力で負けてしまった感があります。これはドイツも同じことでした。
 
 キ109は 数々の課題を克服し、開発自体は成功したものの、最後の高々度性能の不足からB-29撃墜という成果目的は達成できませんでした。しかし、地上攻撃には効果があることが分かりましたので、
本土に上陸してくる敵を叩く"日本本土決戦用秘密兵器"として温存されることになります。しかし、その日は幸いにも訪れることがありませんでした。
 
結局キ109は本来の活躍の機会が得られないまま、22機の生産で終了することになります。

 この大口径の砲弾を発射して敵機を撃墜するという発想は、その後、
テクノロジーの進化と共に赤外線捜索追尾システムなどを加え、対空ミサイルとして様々な用途に発展していくことになります。
 そして、高射砲自体も、ミサイル化していき、敵機を撃墜する
防衛の要として発展していくことになります。
 2回に渡り、長くなりましたがお付き合いくださりありがとうございました(^^)
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コメント 5

caveruna

動画見ました・・・すさまじいですね!
見ててちょっと怖くなりました。
by caveruna (2017-06-09 11:29) 

Hide

こんにちは!只今37mm砲の威力に
目が覚めた所です! 驚き〜@@
by Hide (2017-06-09 11:57) 

johncomeback

あ~、面白かった。
まぁ結果はある程度予想していましたが、
他国の状況や動画もあって楽しませていただきました。
by johncomeback (2017-06-09 14:38) 

ys_oota

面白かったです!あまり活躍できずに残念。エンジニアはかなり大変だっただろうなぁ・・・。
by ys_oota (2017-06-10 02:31) 

ワンモア

☆caveruna さま
 動画、凄いですよね。私も怖くなりました。
 これ、発射すると、飛行中でも止まった感覚に襲われるそうです。

☆Hideさま
 耳がやられそうですよね・・・( ˘•ω•˘ )

☆johncomebackさま
 予想どおりですね(;^ω^) 正式名称が与えられなかったということから試作止まりだったのですが、やっぱり難しかったようです。

☆ys_ootaさま
 私はこういう開発秘話が、もとエンジニアとしても涙もんで。ついつい当時の開発者たちに思い入れしてしまうのです(;^ω^)

by ワンモア (2017-06-10 09:36) 

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