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再び木製に戻った大戦機たち〜その1

青銅.jpg
 太平洋戦争時の日本の軍用機の話をひとつ。
 資源が乏しい日本では、戦争の長期化に伴い、どんどん金属物資が不足してきます。鍋、釜、刀、銅像、お寺の鐘
なども供出させられた話はよく聞きますね。戦後にその多くが戻って来なかったという話も。
 軍用機は多くの金属部品で出来ているため、戦局の悪い国は供給が絶たれたり、その資源不足に悩み始めます。
 今回は、せっかく最新鋭の技術を取り入れた軍用機が再び木製に戻らざる負えなくなる話です。

金属材の不足を招いた戦争

 第一次世界大戦が終結すると各国の複葉機たちは一気に近代化に向けて進化を競い合います。1920年代〜30年代は複葉から単葉へ、木製から金属化へ、固定脚から引き込み脚へと進化していきます。
 第二次世界大戦が始まると、20年間の間にしのぎを削ってきた航空機たちは、再び戦い合うことになるのですが、資材を大量に消耗する戦争は、ドイツや日本など資源に乏しい国にとっては過酷な状況になりました。
ボーキサイト.jpg
ボーキサイト
 特に航空機の主材料となるボーキサイドは日本では産出できず、日本が占領しているマレー半島(今のマレーシア)から送られてくることに頼っていました。
 このボーキサイド、アルミニウム合金やジュラルミンの原料となるのですが、現地での生産力と日本に運ぶ輸送能力が分かれば、いつごろにどの位の航空機が生産できるかの計画が立てられます。
 戦争が優位のうちは良かったのですが、劣勢になって、敵潜水艦に輸送船が撃沈され始めるとこれらの軍需物資が満足に届かなくなります。
 
 軍部では、こういうことも想定して、航空機の構造材料を金属から木材に切り替える研究も空技廠や各メーカーも戦前から研究しておりました。
 また実際に戦争が始まると、負荷がかかりにくい尾翼や主翼の一部、床板など、可能な限りの部材が実際に木製化されていきます。
 航空技術者たちは、どれだけ軽量化するのに苦労しているのに、今度は、貴重な材料をいかに使わないで済むかということにも苦心しないといけなくなるので本当に大変だったと思います。
ハリケーン羽布.jpg
 ホーカー・ハリケーンの後部胴体。布張りで強度不足なので空戦の際には不利になりますが、資源的には優位でもあります。また機銃で撃たれても穴が開くだけで撃ち落としにくいことも。

使える木材を探せ!

 さて、軽合金から再び木材へ戻るのはいいのですが、もう、以前のような低速の複葉機ではありません。機体は高速・大型・大重量になっていますので、その荷重に耐えられる木材を探すことから始まります。
 特に重要なのが翼桁。ジュラルミンでも軽量化と強度を保つことが難しい構造ですが、これも木材で加工するとなると、どの木材が適しているのかが未知数になります。

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翼桁は航空機の根幹に関わる重要な箇所です。

 そこで、空技廠の材料部に勤めていた海軍士官の宇野博士が中心となってこの任務にあたることになりました。実は、戦前から
民間会社や林業関係各官庁の協力のもとに大々的に調査をしていたのですが、輸入ものではなく、なるべく日本国内の木材ということで調べていたのです。
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 それまでは、桁は北米産のスプルース、プロペラは中米産のマホガニーに限るとの声もありました。しかし、その木材の特性を研究し、国内の木材で賄えば願ったり叶ったりです。
 実際には、日本国内によくある「松」や「ヒノキ材」を主に使用することになります。しかし天然素材の木材をそのまま使用すると品質や調達にばらつきが生じるため、薄い板を重ね合わせて積層木材として使う研究も行われます。

 これには接着剤がとても重要になってくるのです。これも研究の結果、ベークライト樹脂(フェノール樹脂)の接着剤が適していることが分かります。
 ベークライト樹脂とは、
石炭酸(フェノール)とホルマリンによって作り出された樹脂で、1907年にベークライトという化学者が発明したもので、世界で始めて植物以外の原料より人工的に合成されたプラスチックと言われています。
 このフェノール樹脂を使い、強化木材にして開発に成功した木製戦闘機にソ連のLAGG-3
があります。
LAGG-3.jpg
LAGG-3 ソ連も金属資材不足でした。


傑作機!木製戦闘機のデ・ハビランド・モスキート

 さて、この木製戦闘機、お手本となる航空機がすでにありました。イギリスのデ・ハビランド・モスキートです。戦争前から開発、初飛行は1940年のこの飛行機、双発の爆撃機として開発されましたが、戦闘機としても申し分ないほどの高性能を記録し、「木造機の奇跡」とも呼ばれています。
モスキート.jpg
夜間戦闘機としても大活躍

 これは、外板が木製であることから、
リベットやつなぎの凸凹などを滑らかにでき、高速化に貢献できるという利点もあり、木製の長所を上手く活かしたといえます。
 開発にあたっては「時代は金属化なのに、今更なんで木製なんだ?」というイギリス軍部の疑惑・軽視・猛反対をよそにデ・ハビランド社は成功の確信がありました。
 それは、
 「わが社は木工技術に自信がある」「戦争になれば金属資源が枯渇するはずだ」「熟練した家具屋や木工所の職人を動員できる」などの先見性と技術力があったとのこと。
 この爆撃機は、当時の最新鋭のスピットファイアが590km/h前後の頃になんと656km/hの記録を叩き出します。
 さらには、木製であることからドイツのレーダーに引っかかりにくいという、思わぬ副次効果も生まれます。今でいうステルスですね。

 もちろん、欠点として、燃えやすい。高温多湿には弱い。胴体着陸すると胴体下部がバラバラになって危険などのデメリットはありますが、それを補うだけの活躍を見せた優秀な飛行機でした。
モスキート.jpg
エンジンや脚回りは流石に金属です(笑)

木材の目処は立っても接着剤で苦心

 宇野技師たちは、積層木材の研究の結果、幾つもの木材をベークライト樹脂の接着剤で、長さ数メートル、厚さ15cm、幅10cm位の翼桁用材ができるまでになっていました。
 ここでいよいよ木製化プロジェクトが本格的にスタートします。1943年には双発哨戒機「東海」の全木製化(九州飛行機が担当)と、新規の大型輸送艇「蒼空(そうくう)」の試作がスタートしました(川西航空機が担当)。そして空技廠の方でも研究のために実際に軍用機の木製化を行うことになります。
 選ばれた機体は、すでに旧式化しつつある九九式艦上攻撃機。この機体はD3Y1-Kと型式名が与えられ、後に「明星」とも呼ばれるようになります。
 製作には、木造船の製造で実績のある松下幸之助氏の会社が、軍の要請を受けて、専用の工場をつくり4機が完成します。
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上から「東海」「蒼空」「明星」


ドイツの失敗 フォッケウルフTa154

Cap 3.jpg
ドイツのTa154

 この接着剤の技術は当時はかなり高度な技術で、ドイツではフォッケウルフTa154がモスキートの真似をして開発したものの実戦投入に失敗しています。
 全体の約半分を木製にしたこの機体、接着剤の製造をしていた工場が被災し、代用品で製造したところ、連続して墜落事故を起こしてしまいます。改善の目処が立たず、初飛行から約1年、1944年8月には本機の開発は中止、製造されたのは30〜50機程度になりました。

 木材の接着は、金属のリベット打ちとは違い、目に見えないので、果たしてどれだけ接着が成功しているのかが分かりにくいのです。
 とはいえ、日本同様、資源が枯渇してきたドイツでは、最新鋭のジェット戦闘機にも木製化を進めざる負えなくなるのでした。
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 ハインケルHe162。最新の射出式脱出装置を備えたこのジェット機もこのような大半の部分が木製です。

 ドイツの失敗は日本でも同様のことが起こりそうになりました。サンプルで出来上がった積層材の強度試験をする前に、女子工員が掃除の際に立てかけてあったサンプルを数本倒してしまい、そのうちの一本がポッキリと折れてしまったのです。
 女子工員はひどく怒られましたが、びっくりしたのは担当者です。主翼の重要な部分である翼桁が倒しただけで折れる?!なんで?
 偶然の事故が幸いし、さっそく調査が始まります。未知への試みには予期せぬ出来事が起こるもの。その原因は意外な所にありました。  →続きます(^^)

<参考文献>
航空テクノロジーの戦い―「海軍空技廠」技術者とその周辺の人々の物語 (光人社NF文庫)
デ・ハビランド・モスキート(Wikipedia)
『航空実用事典』その他

 

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来たよ(26)  コメント(7)  [編集]
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コメント 7

johncomeback

いつも拙ブログへのコメントありがとうございます。
鶴見線は素敵でした。都内への出張の際に機会を
作って乗られる事をお薦めします(^▽^)/

意外な原因が気になります。
by johncomeback (2017-09-08 20:18) 

kinkin

戦時中の日本だけじゃ無かったんですね、飛行機の機体の金属不足って。
by kinkin (2017-09-08 21:32) 

ワンモア

☆johncomebackさま
 出張は車で行くことが多く、電車に乗るにはどこに駐車しておくかも重要ですね(*^^*)来月行けるとイイなぁ。

☆kinkinさま
>戦時中の日本だけじゃ無かったんですね、飛行機の機体の金属不足って。
アメリカくらいじゃないでしょうか、バンバン造りまくっていた国って(笑)。
by ワンモア (2017-09-08 21:55) 

なんだかなぁ〜!! 横 濱男

戦争は、大量の資材の消耗で完全な環境破壊(自然破壊)ですね。

by なんだかなぁ〜!! 横 濱男 (2017-09-08 22:14) 

ワンモア

☆なんだかなぁ〜!! 横 濱男さま
 そのうち自分たちの地球さえも破壊しそうですよね(-_-;)
by ワンモア (2017-09-08 22:27) 

ys_oota

木製の双発機というものがあったんですねぇ。しかも高性能とは。しかし、この機体、機首よりもエンジンの存在感のほうがハンパない。
^^;
by ys_oota (2017-09-09 02:06) 

ワンモア

☆ys_oota さま
 こんばんは〜デ・ハビランド・モスキート、その高性能ぶりにドイツからスパイが送り込まれて、デハビランド社の工場を爆破するという計画もあったくらいです(;^ω^) すごいですね。
by ワンモア (2017-09-09 20:24) 

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