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ホンダジェットとP−51マスタングの意外な関係

前回の話の続きになります。

層流翼は理想的な翼か。

翼型の進歩.jpg
 航空機が急激に発展する可能性が見えてきた1930年代、各国では様々な翼の研究が進められておりました。
 アメリカで行われた”ライト兄弟記念講演会”(1937年)では、イギリスのジョンズという人が境界層の飛行実験の結果を発表し、「翼上面に予想以上に広い層流境界層域が存在し、乱流の場合より摩擦抗力が大幅に減少している」との報告をしました。
 これにより各国で層流翼の研究が始まります。主翼後部で発生する乱流を抑えて主翼の空気抵抗をできるだけ少なくしようという試みの翼なのです。

 層流翼は、普通の翼型に較べて、最大翼厚の位置を後方(翼弦の40〜50%ぐらい)に配置しているのが特徴です。このため
翼厚があるので、機関銃、弾薬、燃料など積みやすいというメリットもあります。
主翼モデルと名称.jpg
Cの最大翼厚がかなり後方なのが層流翼の特徴です。
Cap.jpg

代表的な層流翼

 1939年の6月のこと。アメリカのNACA(現在のNASAの前身)のヤコブスという人が層流翼を発表します。これこそ当時の最先端の技術なんですが、この10ヶ月後に新しい戦闘機に採用されることになります(NA-73開発計画)。この機体こそ、かの有名なP-51マスタングなんですね(夕撃旅団さまのサイト記事より引用)

 層流翼.jpg
P−51の翼。中央がぶ厚いのがわかると思います。

 P-51ムスタングが第二次大戦の最優秀機の呼び声高いことが、合わせて層流翼の名も上げることになるのですが、実際の所、層流翼の効果は微妙でした・・・。
 独特の楕円翼で知られているスピットファイアもグリフォンスピットファイアで層流翼に
チェンジしたのですが、速度の向上は数%の誤差内ぐらいしか見られなかったと言います。

 この翼型
、高速時の翼型としては理想的なのですが、工作精度に非常に影響されやすいのです。ちょっとでも表面が凸凹していると、乱流領域が出来てしまい層流翼の旨みは狭くなってしまうということなんですね。
 
 層流効果は前縁から翼弦の30%までが極めて平滑である場合にのみ発現し、それが乱れた場合は従来の翼と同程度の特性になるということなのです。
 
つまり、主翼の前の部分の3割近い部分の工作を非常に丹念に平滑に仕上げないと、層流翼の効果が出ないという・・・・。
 これは研究機ならともかく、戦時下の大量生産で迷彩塗装や過酷な環境下でガンガン使いまくる軍用機の翼ではかなり難しい要求であったと思います。

 つまり、風洞実験で示したほどの劇的な向上は現実ではもたらさなかったという訳なんですね。これはその後のNASAでも認めているそうで。それよりも層流の有無と関係なく、表面を磨き上げた平滑化の方が効果があるとのこと・・・。およよですね。
P-51.jpg
テッカテカですね

 P-51マスタングの優秀性は、元々の基礎設計のデザインとエンジンとの相性、そこに層流翼効果を狙って行った平滑仕上げに、条件次第で発生した層流効果が+αで加わったものといえそうですな。
Cap 6.jpg
キレイな主翼上面です。

ホンダジェットに活かされる層流翼

 この層流翼、理想と現実の難しさがありましたが、加工技術が進んだ現代では実用化も進んでいるんです。
 それが今話題のビジネス機、日本のHONDJET(ホンダジェット)。先日、小型ビジネスジェット機の納入数で、あのセスナを抜いて世界1位になりました。
→ホンダジェット、年間で世界1位に。小型ビジネスジェット機の納入数でセスナ抜く

 三菱のMRJが大苦戦をしているなか、ホンダは順調に進んでいるようです。
 このホンダジェット、独特のデザインのみならず、先進機能もチャレンジして取り入れていますが、層流翼も導入しています。

 層流は説明したとおり、外板やリベットの僅かな凸凹で簡単に失われるので、主翼にはアルミ一体削りだしの外板を惜しみなく採用、凸凹を極小にする努力をしているんですね。

ホンダジェット層流翼.jpg 
 さらにホンダジェットは主翼だけでなく胴体の機首にも自然層流が生まれるような形状に工夫を凝らしています。
 
正に先進の流体力学を惜しみなく取り入れたデザインなんですが、車のメーカーということも流体力学を普段から研究していた成果ともいえるのではないでしょうか。

実は日本でも層流翼を実用化していた!?

 さて、層流翼というとP-51ムスタングの影に隠れていまいますが、実はすでに日本でも層流翼は研究開発されていたんですね。日本ではLB翼と呼ばれていましたが、谷一郎という流体力学者が研究を進めておりました。この方、その分野では知る人ぞ知る著名な方で、学生時代に教科書でお世話になった記憶が。
 このLB翼は、研三という高速研究機や、強風・紫電・紫電改、彩雲、紫雲などの主翼、雷電などにも採用されています(彗星や雷電は半層流翼)。
 日本も研究は進んでいたのですが、肝心の加工技術や製造能力の面で層流翼の効果を上手く発揮できなかったようです。

 P-51とホンダジェットの層流に関する共通性を記事にしましたが、日本の流体力学、航空機技術の積み重ねが戦後の航空機開発にも活かされているともいえそうですね。

<参考にさせていただいたサイト記事です>
→ラングレイの層流- NACA Report 824 から読む層流翼の真実 -
→飛行機はなぜ飛ぶかのかまだ分からない??  翼の揚力を巡る誤概念と都市伝説


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コメント 9

johncomeback

飛行機の発展のスピードは驚異的ですよね。
空飛ぶ自動車が注目されていますね、
宝くじが当たったら買おうかな(*´∇`*)

by johncomeback (2018-03-08 22:51) 

ワンモア

☆ johncomeback さま
最近になってまた飛行機の発展の速度が上がってきているように感じます。戦争を起こさなくても平和的に発展していくと良いですよね(^^)
by ワンモア (2018-03-09 08:39) 

caveruna

ホンダジェット、乗ってみたい!
いやその前に見てみたい!か(・¥・)
by caveruna (2018-03-09 13:40) 

ys_oota

ここまで技術が発達してようやく実用化域に達する流体力学の世界って奥が深いなぁ~。しかし、MRJも頑張ってほしいな。名門なんだし。
by ys_oota (2018-03-10 02:39) 

ロートレー

ホンダジェットがセスナサイテーションを超えたのですね
凄いな~!
by ロートレー (2018-03-10 08:38) 

ワンモア

☆caveruna さま
 ホンダジェット、国内で実物をみる機会がなかなかありませんよね。
☆ys_ootaさま
 流体力学は奥が深いです。授業もついていくのが大変でした(´・ω・`)
☆ロートレーさま
 ビジネスジェット機は国内では全然なので、アメリカ市場で頑張って欲しいですね(^^)
by ワンモア (2018-03-10 14:14) 

bpd1teikichi_satoh

ワンモア様、とても遅れてコメントして申し訳ありません。
P-51Dムスタングの優秀性について良く分かり易く記事にしてもらい有難うございます。ムスタングの優秀性はエンジンの原型がロールスロイス(パッカード)マーリン液冷V型12気筒、離昇推力1490HP(馬力からすると1500馬力級なのですが液冷エンジンで空気抵抗が少なかった)最大速度703km(7620m)を出した点です。余談ですが、もう既に亡くなった父は昔、第1陸軍航空技術研究所員として高速機用翼型の計算(当時は計算尺と手回し計算機を持ちいました。)等を行っていました。
by bpd1teikichi_satoh (2018-03-11 16:39) 

ワンモア

☆bpd1teikichi_satoh さま
 おはようございます。お父さん、貴重なお仕事をされていたんですね(´⊙ω⊙`)。計算尺と手回し計算機、現物を見たことがあります。操作が複雑そうで昔の人はすごいなぁと感心してしまいました。
by ワンモア (2018-03-17 08:59) 

bpd1teikichi_satoh

ワンモア様、再度コメントさせて下さい。爺が大学時代に未だ手回し計算機は存在していました。分析化学の実習で化学天秤の分銅の検定
の時に最小二乗法の計算で、手回し計算機を借りて行った記憶が有ります。四則演算の時に特に割り算がが大変で、ハンドルをベルが鳴る度に逆回転しなければ答えが出ません。今は電卓で一瞬の内に答えが出ますが夢の様なものです。
by bpd1teikichi_satoh (2018-03-18 17:26) 

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